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仙台高等裁判所 平成9年(ネ)65号 判決 1999年1月25日

秋田市<以下省略>

控訴人

右訴訟代理人弁護士

津谷裕貴

菅原佳典

木元愼一

伊勢昌弘

菊地修

三浦清

東京都中央区<以下省略>

被控訴人

カネツ商事株式会社

右代表者代表取締役

秋田市<以下省略>

被控訴人

Y1

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士

佐久間洋一

主文

一  原判決を以下のとおり変更する。

二  被控訴人らは、控訴人に対し、各自八六二万一七二一円及びこれに対する平成六年八月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人は、被控訴人カネツ商事株式会社に対し、二六万五二二一円及びこれに対する平成五年九月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  控訴人の被控訴人らに対するその余の請求及び被控訴人カネツ商事株式会社のその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを二〇分し、その一七を控訴人の、その三を被控訴人らの負担とする。

六  この判決は、第二、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二1  主位的請求

被控訴人らは、控訴人に対し、各自六〇八一万一四七二円及びこれに対する平成六年八月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  予備的請求1

被控訴人カネツ商事株式会社は、控訴人に対し、六〇八一万一四七二円及びこれに対する平成六年八月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  予備的請求2

被控訴人カネツ商事株式会社は、控訴人に対し、五〇八一万一四七二円及びこれに対する平成六年八月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人カネツ商事株式会社の請求を棄却する。

第二  事案の概要

被控訴人カネツ商事株式会社(以下「被控訴人会社」という。)は、商品先物取引の受託業務を業とする会社であり、被控訴人Y1(以下「被控訴人Y1」という。)は、被控訴人会社の従業員であり、控訴人はかつて被控訴人会社の顧客であった者である。控訴人は、控訴人と被控訴人会社の取引において、被控訴人会社の担当者であった被控訴人Y1に商品取引所法、受託契約準則違反、商品取引所指示事項等に違反する不法行為(右不法行為は同時に被控訴人会社の債務不履行となる)があり、そのために損害を被ったとして、被控訴人会社に対しては、第一次的には不法行為に基づき、第二次的には債務不履行に基づき、第三次的には不当利得に基づき、被控訴人Y1に対しては不法行為に基づき、右損害賠償を求める訴えを提起した(第一事件)。これに対し、被控訴人会社は、控訴人との取引から生じた仕切差損金の支払を求める訴えを提起した(第二事件)。原審は、第一事件の控訴人の請求をいずれも棄却し、第二事件の被控訴人会社の請求を認容した。

当事者双方の主張は、以下のとおり補足し、当審における控訴人の主張を付加するほか、原判決の「第二 第一事件についての当事者の主張」及び「第三 第二事件についての当事者の主張」(原判決六頁三行目から三九頁六行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決八頁九行目「過去に」から同頁一〇行目までを、「過去に被控訴人会社と商品先物取引の経験があったが、多額の損害を被り、被控訴人会社に対する差損金の清算もできない状況下にあったもので、商品先物取引に必要な知識経験に乏しいばかりか資金力もなく、商品先物取引不適格者であった。」と訂正する。

2  当審における控訴人の主張

(一)  本件取引がなされていた当時、控訴人が行っていた取引については、仕手戦のまっただ中であった。商品取引員には、このように仕手戦が行われている相場には、顧客を参入させないという仕手戦相場回避義務があるところ、被控訴人らはこれに反して、控訴人を勧誘し、本件先物取引を行わせたものである。

(二)  仮に、一般的には、追証不納付の場合に商品取引員に建玉を処分する義務がないとしても、右のように仕手戦が行われている場合には、委託者の損害が拡大しないように、建玉を処分する義務があるというべきところ、被控訴人らは、右義務に違反して建玉を処分しなかった。

(三)  以上によれば、被控訴人らには、本件取引について、不法行為もしくは債務不履行が成立する。

第三  判断

(以下、用語及び略語は、特に断らないものについては、原判決の例による)

一  第一事件について

1  請求原因中争いのない事実並びに本件の基本的な事実経過については、以下に付加訂正するほか、原判決がその理由中(原判決四〇頁一行目から五九頁一行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決四二頁九行目「多大な損失」と「を被ったが、」の間に、「(取引終了時点で、それまでに控訴人が現実に支払いを受けた益金を控除しても、少なくとも五〇〇万円を超える現実の損失が生じていた。)」を挿入する。

原判決四三頁四行目の後に、行を改めて、「また、控訴人は、右のころ、カネツ貿易株式会社との商品先物取引の委託契約においても、契約終了後に多額の仕切差損金債務を負ったが、これについても支払いをしなかった(右債務の具体的な金額は不明であるものの、原審証人Bが、控訴人の仕切差損金の未払いによって、旧カネツ商事とカネツ貿易株式会社の両社がともに大きな損害を受けたという趣旨の供述をしていることに照らせば、旧カネツ商事と同程度か、少なくとも百万円単位の金額であると推認される)。」と付加する。

原判決四五頁一一行目の後に、行を改めて、「なお、前記3のとおり、控訴人と旧カネツ商事の取引が終了した時点において、控訴人には、少なくとも五〇〇万円を下らない現実の損失が生じており、仕切差損金七〇〇万円余りについても全く支払いがなされず、また、カネツ貿易株式会社との取引の仕切差損金についても全く支払いがなされなかったこと(このことは、右当時の控訴人に、強制執行し得るような財産がなかったことを推認させるものである。)に照らせば、右時点における控訴人は、事実上破産状態にあったと推認されるところ、被控訴人Y1が控訴人と本件取引を行うに際して、控訴人から、先物取引を再開する目的、当時の控訴人の資産及び収入の状況(具体的には、前回の取引終了時に事実上破産状態にあったものが、右取引再開時までに回復され、控訴人が自己資金で先物取引を行える状況になっているかどうか)について事情聴取したり、独自に調査したりしたことを窺わせる証拠はない。」を付加する。

2  商品取引所法は、その規定の性格上、行政上の取締法規であるし、受託契約準則(以下「受託準則」という。)は各商品取引所によって制定された自主的取決めであり、受託業務指導基準(以下「指導基準」という。)、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項(以下「取引所指示事項」という。)は、いずれも商品取引所の連合体である社団法人全国商品取引所連合会(以下「全商連」という。)によって制定された自主的取決めであるから、これらの規定に形式的に違反したからといって、それが直ちに私法上違法な行為となるものではないし、右規定違反があるからといって直ちに顧客と商品取引員との契約が無効となるものでもない。

しかしながら、商品先物取引が極めて投機性の高い特殊な取引であって、取引を行う一般大衆が損失を被る危険性が大きいこと、商品取引員と一般顧客の間には、商品取引における知識、経験、能力等の面で歴然とした格差があり、一般顧客も、これを前提に商品取引員の助言、勧誘を信頼していること、商品取引員は、商品取引所法などにより一定の特権的な地位が与えられている反面、顧客である投資家の保護育成を図るべき社会的立場にあること(なお、指導基準にも、商品取引業の伸展には、委託者の保護育成を図り、社会的評価の向上を得ることが商品取引業界にとって必要不可欠である旨が明確に規定されている。)、などによれば、商品取引所法における商品取引員に対する各種規制や、受託準則、指導基準、取引所指示事項等による自主規制も、投資家の保護育成に努めなければならないという商品取引員の右社会的立場を明確にしたものと理解できるのであって、以上によれば、右各種規制のうち、不適格者に対する勧誘の禁止などの投機取引の根幹にかかわる規制については、顧客である投資家の保護という観点から、単なる行政取締法規や自主規制に止まらず、商品取引員及びその従業員の取引上の注意義務の内容を構成し、右義務違反がある場合には、顧客に対する不法行為や債務不履行を構成すると解するのが相当であるし、それ以外の規制についても、商品取引員に右規制の趣旨に著しく反するような行為があった場合には、顧客に対する不法行為や債務不履行を構成することがあると解すべきである。

3  控訴人は、本件取引を担当した被控訴人Y1には、①商品取引不適格者の勧誘、②断定的利益判断の提供、③事前交付書面の不交付、④約諾書の欠如、⑤他人名義による取引、⑥売買報告書の不交付などの前記規定違反があり、被控訴人会社にも、⑦追証拠金の徴収時期、方法の恣意的運用、⑧違法な強制手仕舞などの違法行為があり、さらに被控訴人らには、⑨仕手戦回避義務違反、仕手戦時の建玉処分義務違反などの違法行為があると主張し、これを前提に被控訴人会社は控訴人に対し不法行為責任ないしは債務不履行責任を負い、被控訴人Y1は不法行為責任を負うと主張し、さらにこれらを前提として、本件取引は無効であるから被控訴人会社が本件取引に基づいて控訴人から受領した金員について不当利得が成立する、などと主張する。

4  このうち、②の断定的利益判断の提供については、その主張するような断定的利益判断の提供があったとは認めるに足りないこと、⑦の追証拠金の徴収時期、方法の恣意的運用、⑧の違法な強制手仕舞についても、控訴人の主張するように不法行為を構成するような違法性ある行為とは認めるに足りず、また債務不履行にも該当しないこと、したがって、これらを理由とする不当利得返還請求も理由がないこと、以上は、原判決がその理由中(原判決六一頁五行目から六三頁四行目まで、六九頁一一行目から七七頁五行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

また、⑨の仕手戦回避義務違反、仕手戦時の建玉処分義務違反については、商品取引員に、控訴人が主張するような仕手戦回避義務なるものがあるかどうかはひとまずおくとしても、右義務の前提として、商品取引員が取引の最中に相場が仕手戦の状況にあることを知っていることが必要であると解されるところ、本件全証拠によるも、被控訴人Y1を含む本件取引を担当していた被控訴人会社の社員において、本件取引の最中に仕手戦が行われていることを知っていたことを認めるに足りる的確な証拠はないから、右控訴人の主張は理由がない。

5  ③の事前交付書面の不交付については、本件取引にあたって、事前交付書面が控訴人に交付されなかったことは前記認定のとおりであり、被控訴人Y1には、商品取引員として尽くすべき注意義務違反があったというべきである。しかしながら、控訴人には従前被控訴人会社に委託して行った商品先物取引の経験があり、その仕組み及び危険性を十分に理解していたこと、控訴人は右従前の取引の際に、事前交付書面とほぼ同内容の「商品取引委託のしおり」を受領していたこと、控訴人が被控訴人Y1に対して契約締結にあたって右書面の交付を要求したことを窺わせるに足りる証拠はなく、したがって、右書面の不交付は、控訴人が黙示に了承していたものと推認されること、右事前交付書面の不交付が控訴人による本件の個々の具体的な先物取引に何らかの影響を与えたことを窺わせるに足りる証拠はないこと、などの事情を総合すれば、いまだ、右事前交付書面の不交付と本件取引によって控訴人に生じた損害との間には相当因果関係を認めるに足りないというべきである。

④の約諾書の欠如については、被控訴人会社が控訴人から約諾書の交付を受けないままで本件取引を行ったことは、前記認定のとおりであり、被控訴人Y1には、商品取引員として尽くすべき注意義務違反があったというべきである。しかしながら、控訴人には従前被控訴人会社に委託しての商品先物取引の経験があり、その仕組み及び危険性を十分に理解していたこと、約諾書の取り交わしがなされなかったのは、本件取引が既に被控訴人会社と取引の実績のあったC名義によるものであって、控訴人による取引であることを被控訴人会社に秘匿するためであり、これについては控訴人も了承していたこと、右約諾書の取り交わしがなされなかったことが、控訴人による本件の個々の具体的な先物取引に何らかの影響を与えたことを窺わせるに足りる証拠はないこと、などの事情を総合すれば、いまだ、右約諾書の取り交わしがなされなかったことと本件取引によって控訴人に生じた損害との間には相当因果関係を認めるに足りないというべきである。

⑥の売買報告書の不交付については、被控訴人会社が控訴人に売買報告書及び計算書を送付しなかったことは前記認定のとおりである。しかし、被控訴人会社から正規の売買報告書及び計算書が控訴人に送付されなかったのは、控訴人がC名義で本件取引を行ったからであって、このような事態となることを選択したのは控訴人自身である。のみならず、被控訴人Y1は、控訴人に対し、建玉明細書、値洗表の各文書を交付し、控訴人も、右各文書と自己のメモで取引状況を確認し、そのうえで自己の意思と判断に基づいて、本件の個々の取引を行っていたことは前記認定のとおりであり、売買報告書及び計算書の送付がなかったことが、本件の個々の具体的な先物取引に何らかの影響を与えたものとはいえないから、右売買報告書及び計算書の送付がなかったことと本件取引によって控訴人に生じた損害との間には相当因果関係を認めるに足りないというべきである。

③、④及び⑥の義務違反については、以上のとおり控訴人の損害と相当因果関係はないのであるから、右義務違反があるからといって、本件取引自体が無効となることはない。

6  ①の商品取引不適格者の勧誘及び⑤の他人名義による取引について判断する。

取引所指示事項には、「次に掲げる行為は、商品取引員の受託業務の適正履行義務に背くものであり、社会的信用の保持並びに委託者保護に欠ける行為として厳に慎むこと」とされたうえで、「不適正な勧誘行為」として「商品先物取引を行うにふさわしくない客層に対しての勧誘」が規定されており、商品先物取引を行うにふさわしくない客層とは、一般に、経済知識、資金能力、過去の取引経験等からみて、商品市場における取引への参加に適さないと判断される者(以下「不適格者」という。)であると解されている。また、商品取引員の協会である社団法人日本商品取引員協会の自主規制規則にも、協会の会員である商品取引員に対して、経済知識、資金能力及び過去の取引経験等から見て商品市場における取引の参加に適さないと判断される者を勧誘することを禁止する旨、右取引所指示事項の規定と同趣旨の定めがあり、また全国商品取引員協会連合会の受託業務に関する協定においても、「経済知識および資金能力から見て商品先物取引参入に適しないと判断される者を勧誘しないこと」という同趣旨の定めがなされている(なお、平成元年一一月以前の取引所指示事項では、不適格者として、①未成年者、禁治産者、準禁治産者および精神障害者、②恩給・年金・退職金・保険金等により主として生計を維持する者、③母子家庭該当者および生活保護法適用者、④長期療養者及び身体障害者、⑤主婦等家事に従事する者、⑥農業・漁業等の協同組合、信用組合、信用金庫および公共団体等の公金出納取扱者、を規定していたが、もとより不適格者がこれに限定されるものではない)。

右のような各規定によれば、少なくとも、その収入及び資産に照らして、投資に振り向けるだけの十分な資金の余裕のない者は、資金能力から見て不適格者であるというべきであり、例えば、現に破産宣告を受けたばかりの者や、事実上破産状態にある者は、過去にいかに先物取引の経験があったとしても不適格者であるというべきである。また、かつて先物取引を行って多大の損失を被った経験のある者について言えば、それだけの理由で直ちに不適格者であるということはできないとしても、取引で多大な損失を被った者は、それを取り返したいという欲求を持つのが自然であり、そのために、自己の財産状況をわきまえないで無理な取引に及び、自己の財産のみならず親族の財産までをも取引につぎ込んだり、借金してまで取引を行い、その結果、自身のみならず家族までも取引に巻き込んで多大な損害を被る結果に陥る危険があることは見易い道理というべきである。また、我が国における国民の平均的な所得及び資産を考えると、先物取引によって多大の損失を被ったとすれば、そのことによって直ちに事実上の破産状態になることも珍しいことではないというべきであり、このように事実上破産状態となって取引終了となった者は、その時点において、経歴及び資産状況に照らして、不適格者というべきことは明らかである。そして、その後の時間の経過によっても、右の者の資産及び収入の状況に基本的な変化がなければ、その者は、経済知識及び取引の経験という点では、必ずしも不適格者ということはできないかもしれないが、少なくとも、その資産状況及びそのような資産状況となったことが先物取引での多大な損失によるものであるという経歴の点において、依然として不適格者であると解するのが相当である。

このように考えると、少なくとも、かつて先物取引を行って多大の損失を被り、そのために事実上破産状態になり、取引終了時において仕切差損金すら支払えない状況にあった者は、その後の時間の経過により財産状況が好転し、再び自己資金で取引を行える財産状況となったなどの特段の事情がない限りは、依然として先物取引の不適格者のままの状況にあると見るのが相当であるから、かつて先物取引を行って多大の損失を被り、そのために事実上破産状態になり、取引終了時において仕切差損金すら支払えない状況にあった者と新規の委託契約を締結する商品取引員の担当者としては、単に、顧客の要望に沿って契約を締結するのではなく、右顧客の財産状況の変化等について、顧客から事情聴取し、不十分な場合には独自に調査するなどしたうえで、右特段の事情を確認したうえで取引を開始する注意義務があるというべきであり、右義務に反して取引を行い、結果として、顧客の資産状況に変化がないのに取引を行った場合には、不適格者との取引を行ったものとして顧客に対する不法行為を構成するというべきである。とりわけ、商品取引員が、かつて自ら取り扱って多大の損失を被った顧客と、再び取引を開始する場合には、当該商品取引員は、顧客の過去の経歴を知りうる立場にあるのであるから、このような場合に、商品取引員の担当者が前記事情聴取や独自の調査を行わず、したがって、顧客の財産状況に具体的な変化があるとの判断なくして取引に入った場合には、その注意義務違反の程度は著しいものというべきである。

また、商品取引所法において他人名義による取引を禁止し、さらに取引所指示事項などの自主規制においてもこれを禁止している趣旨の中には、他人名義によって取引がなされた場合には、商品取引員において真実の顧客を把握することができず、その結果、当該顧客が先物取引に適合する者であるか否かを判断することができなくなることを防ぐという趣旨も含まれていると解される。したがって、商品取引員が、過去に先物取引で多大な損失を生じさせ、事実上破産状態になった経歴のある者であることを知りながら、その者と新たに取引を開始しようとする場合には、依然として不適格者である可能性があるから、担当者のみならず、その上司においても、その者の取引適格を判断することができるようにする必要があり、そのためには真実の名義での取引を行う必要があるというべきであり、このような場合に、担当者が上司に秘して、他人名義の取引を行うということは、商品取引員としての義務違反となり、不法行為及び債務不履行を構成する余地があるというべきである。

これを本件についてみると、前記認定の事実経過に証拠(原審控訴人)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、控訴人は、昭和五七年ころから昭和五九年ころにかけて被控訴人Y1などを通じて先物取引を行った経験があったものの、右先物取引によって多大な損害を被り、被控訴人会社に対する仕切差損金を支払えなくなり、昭和五九年一一月一五日秋田地方裁判所において商品先物取引仕切差損金として金七〇八万七三〇〇円の支払いを命ずる判決を受けるなど、取引終了時には事実上破産状態にあったと推認されること、控訴人は、その後平成五年までは先物取引を行っていなかったこと、控訴人の職業は、両親の経営するそば屋を手伝っているに過ぎず、昭和六〇年ころに、先物取引の経験を生かして先物取引のトラブルの仲介を行って報酬を取得したことがあるようではあるが、本件取引開始から、わずか五か月余りの間に五〇〇〇万円以上の資金を取引につぎ込んではいるものの、追証拠金として支払うべき資金に常にゆとりがなく、控訴人において保管していた店舗の建設資金に手を付けたり、同居の両親、弟、娘の預金等が充当されたものと推認されることによれば、資金力も十分ではなかったというほかなく、他に、昭和五九年当時事実上破産状態であった控訴人の財産状況が、平成五年までの間に好転し、自己資金によって先物取引ができる程に回復したことを具体的に窺わせるに足りる証拠はないから、控訴人は、本件取引開始当時も依然として、その資産状況及び過去の経歴に照らして、不適格者であったと見るべきであること、また、控訴人は、被控訴人会社との従前の取引経験からして、被控訴人会社との取引再開については当初考えていなかったが、被控訴人Y1がしばしば控訴人の働いている店を訪れ、投機の好機であることや他人名義の取引を行うことによって控訴人の家族や被控訴人会社に知られないで取引を行うことが可能であることなどを示唆して勧誘したために再び商品先物取引を行う気になったこと、一方で、被控訴人Y1が控訴人を勧誘するにあたって、控訴人の資産や収入の状況を確認したことを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人Y1は、控訴人が不適格者である状態が解消されたか否かについて何ら調査確認することなく本件取引を開始したことが推認されること、しかも被控訴人Y1は、右のように先物取引の適格性に疑問の余地のある控訴人との取引を、前示のように自ら積極的に提案して他人名義で行っていること、以上の事実が認められるのである。

右のような経過によれば、被控訴人Y1には、控訴人との本件取引を行うに際して、控訴人の財産状況がかつての事実上の破産状態から改善されたかどうかについて調査確認したうえで取引を開始する義務があったのに、右義務に反して、何ら調査確認せずに取引を開始し、先物取引不適格者との取引を行ったものであるのみならず、このように不適格の疑いのあった控訴人との取引を、上司に秘して他人名義で行ったものであるから、被控訴人Y1の行為が、商品取引員の担当者として尽くすべき注意義務に著しく違反した行為というべきことは明らかである(なお、右義務違反も、本件の事案に照らして、本件取引自体を無効とする程のものとはいえない。)。

よって、右被控訴人Y1の行為は、控訴人に対する不法行為を構成し、被控訴人Y1は、本件取引によって控訴人が被った損害を賠償すべきこととなる。また、被控訴人Y1の行為が被控訴人会社の業務遂行上なされていることによれば、被控訴人会社も控訴人に対し使用者責任を負うことになる。なお、商品取引員が、その義務に違反して不適格者である顧客との取引を行った場合には、右取引によって顧客に生じた損害は、原則として、すべて右義務違反と相当因果関係ある損害となるのは当然の理であるし、他人名義での取引という義務違反についても、右義務違反が不適格者との取引の継続を可能ならしめたという本件の事案に照らせば、本件取引によって生じた損害と相当因果関係があるというべきである。

7  損害について検討する。

控訴人が本件取引の委託証拠金として合計五七〇〇万八〇〇〇円を被控訴人会社に預託したことは争いがなく、このうち六一九万六五二八円が返還されたことは控訴人の自認するところであるから、本件取引によって控訴人に生じた損害は五〇八一万一四七二円である。

ところで、控訴人は、被控訴人Y1に勧められたとはいえ、自らの自由な意思で、しかも、被控訴人Y1との共謀のうえで、取引の主体が控訴人であることが被控訴人会社に判明しないように他人名義で本件取引を開始し、これを継続したものであるうえ、控訴人には、過去に先物取引を行った経験があり、その経験を生かして先物取引のトラブルの仲介を行って報酬を得たことすらあるのであって、控訴人は、先物取引自体にはかなりの知識を有しており、取引自体も基本的には、控訴人の判断で行われたものであり、前記のとおり断定的利益判断の提供などはなかったこと、他方、被控訴人Y1には、本件取引に関して、本件取引による損害とは相当因果関係がないとはいえ、商品取引所法や受託準則などに反する義務違反が多々あったこと、などを含めた本件の一切の事情を総合すれば、被控訴人らは、控訴人の損害五〇八一万一四七二円の一五パーセントである七六二万一七二一円(四捨五入)を賠償すべきである。

控訴人は、被控訴人らの本件不法行為により精神的損害を被ったとして慰藉料を請求するが、本件の事案に照らして、財産的損害について慰謝料を認める程ではないと解されるから、慰謝料請求は理由がない。

弁護士費用については、本件の事案に照らして、一〇〇万円とするのが相当である。

8  以上によれば、第一事件の控訴人の被控訴人会社に対する第一次的請求及び被控訴人Y1に対する請求は、被控訴人ら各自に対し、八六二万一七二一円及びこれに対する不法行為の後である平成六年八月五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

二  第二事件について

1  請求原因についての判断は、原判決七九頁五行目から八一頁五行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

2  信義則違反の抗弁について

本件取引において被控訴人Y1に不法行為があったこと、そのため、被控訴人会社は、本件取引により控訴人に現実に生じた損害のうち一五パーセントを支払うべきであること、以上は、第一事件で判断したとおりであるところ、本件仕切差損金も、本件取引によって生じたものであるから、第一事件で判断したところと同様の理由により、本件仕切差損金のうち一五パーセントについては被控訴人会社が負担すべきものである(仮に、控訴人が、被控訴人会社に対し、右仕切差損金を支払っていた場合には、右仕切差損金相当額もまた本件取引によって生じた損害となるから、第一事件で判断したところによれば、控訴人は、このうち一五パーセントについて、被控訴人に対し返還請求できることとなる。)。

右によれば、被控訴人会社が、本件仕切差損金のうち八五パーセントを超える部分について支払請求することは、信義則に反し許されないものというべきである。

3  本件強制手仕舞無効の抗弁について

本件強制手仕舞が違法でないことは、第一事件における判断のとおりであり、したがって、本件強制手仕舞は有効である。

4  以上によれば、第二事件の被控訴人会社の請求は、請求額の八五パーセントである二六万五二二一円(一円未満切り捨て)及びこれに対する催告の日の翌日である平成五年九月二五日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

第四  以上の次第で、第一事件の控訴人の被控訴人会社に対する第一次的請求及び被控訴人Y1に対する請求は、被控訴人ら各自に対し、八六二万一七二一円及びこれに対する平成六年八月五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、第二事件の被控訴人会社の請求は、二六万五二二一円及びこれに対する平成五年九月二五日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

右によれば、原判決は、右と異なる限度で相当でなく、本件控訴は一部理由があるから、原判決を一部変更し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 守屋克彦 裁判官 丸地明子 裁判官 大久保正道)

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